医師転科ナビ

医師の転科の仕方や進め方をご紹介

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女医が転科を考えた時の転科先の見つけ方や転科体験

女性医師が転科を考える機会は、男性医師と比較して多くなることが一般的です。

それは、結婚や出産など人生におけるイベントが多く、その度に医師としてどう仕事と関わっていくか?を考える機会が多くなるからです。

そのため、女医の転科は比較的受け入れられやすく、数こそ少ないですが希望通りの働き方ができる病院は必ず見つかります。

家庭やプライベートの時間と、医師としての仕事としっかり向き合いながら転科について考えていきましょう。

女医の転科事例一覧

ここでは、実際に過去に転科した女医の例をまとめています。

転科元の診療科も、転科先の診療科も様々で、転科の理由にも医師によって様々です。

産婦人科から小児科への転科 – 東京都在住30代の医師 –

後期研修医を終えてから、産婦人科医の専門医として勤務してきましたが、体力的・精神的にまいってしまい、しばらく休業しました。

医師としてこれからどうするか真剣い考えましたが、知人からのアドバイスで産科医としてではなく、小児科医として復職することにしました。

今考えると、将来結婚や育児を視野に入れた場合、転科を決断してよかったと思いました。

元々子供が好きでなった産婦人科医でしたが、小児科に来る子供たちもとても可愛く、以前ほどの重圧を感じることなく診療に取り組めています。

小児科から内科への転科 – 大阪市40代の医師

ずっと小児科医として勤務してきましたが、出産を機に一度勤めていた病院を退職することになりました。

その後、子供が保育園に入園したことから臨床復帰を考えたのですが、ちょうど主人が開業する話が出てきました。

将来的に夫婦で診療ができれば良いなということになり、2人とも小児科医だったため、私が内科医としてキャリアを積むことになりました。

転科に関しては、小児科医時代の経験と、新しく勤務する医院で求められる知識をすり合わせながら進めていくことができたので、よかったなと思っています。

内科から心療内科への転科 – 福岡県20代の医師

研修医を終えてから消化器内科の専門医を目指して勤務してきましたが、学んでいくうちに心療内科領域への興味が強くなりました。

やはり慢性的な疾患には、投薬や処方だけでは対処しきれないのではないか?と考え始めたらからです。

ただ、臨床経験も少ないので、こんな時期に転科をするのは…と考えたのですが、将来やりたいなら、早く飛び込むべきと思い転科を決めました。

その際にお願いした転職コンサルの方にとてもよくして頂き、無事に心療内科医としてのキャリアをスタートさせることができました。

産婦人科医からの転科

まず女性医師の転科例として多いものは、産婦人科医師の転科です。

産婦人科医といえば、女性医師の割合が比較的多い診療科目として知られていますが、反面不規則な勤務時間になりやすいことも知られています。

そのため、産婦人科医師としてずっとキャリアを続けていける医師もいれば、時間的に難しくなるケースも少なくありません。

日中は問題なく働けても、夜間や緊急でのお産など時間を問わず対応しなければならないことが多くなるからです。

独身時代は、それで続けていけたとしても、結婚や特に出産をし、育児をしながらというのはなかなか考えられません。

そのため、いずれは産婦人科医として働く将来をイメージしつつも、他の科への転科を余儀なくされてしまいます。

その際は、産婦人科とその後のケアで関連の深い小児科への転科をするケースも多く、医療機関によってはしっかりと産婦人科医から小児科への転科を受け入れてくれます。

体力的な問題から転科を考えるケースも

女性医師が転科を考える理由として次に多いのは、体力的な理由からです。

外科医になる女性は少ないですが、消化器内科で内視鏡を多く扱うなど、男性医師が多く女性医師の少ない科というのは存在するものです。

研修医時代に良い指導医に恵まれ、興味を持ってその診療科に進んでみたけれど、しばらく勤務してみて、やはり体力的に厳しいと感じる医師もやはり存在します。

こんな時、周囲の医師には根性論を唱える医師もいるでしょうが、個人的には転科を考えれば、一度思い切って実行してみるべきだと思います。

医師としてのキャリアは今度も続いていくわけですし、次の科で専門医の習得を目指そうとした場合などは、ある程度の時間も必要になります。

また、医師とはいえ体が資本なことに変わりはなく、我慢をし続けて体を壊してしまうことは絶対に避けなければいけません。

転科には様々な理由がありますが、シンプルに”辛い”と思うのも大きな理由になります。

医師の仕事はとても閉鎖的で、その科に所属している間は、一部の人の意見しか聞くことができず、それが絶対正解だという風に見えてしまいますが、案外一度外に出てみれば、悩んでいた問題が小さく見えることもあります。